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大谷翔平も経験した肩の亜脱臼 – 2日で復帰できた理由は?治療を専門医が解説

掲載日:2024.10.31

誰もが憧れるMLBの二刀流スーパースター大谷翔平選手。2024年はホームラン王、打点王、そして盗塁50以上と目覚ましい活躍でしたね。そしてリーグ優勝を果たし、念願のワールドシリーズ中に経験した肩の怪我。亜脱臼と診断され、今シリーズは絶望視されていた中から、わずか2日で復帰を果たし、多くの野球ファンを驚かせました。なぜ、このような早期復帰が可能だったのでしょうか?ちなみにプロ野球選手が肩の手術をすると復帰は、かなり時間がかかります。過去の報告では、MLB(大リーグ・ベースボール)投手の手術後の平均復帰期間(全治)は413日にも及び、NBA(全米プロ・バスケットボール)選手の201日と比較して著しく長期化する傾向にあります(1)
このコラムでは、以下の疑問について、肩専門医が医学的根拠のある報告に基づいてわかりやすく解説していきます。

————目次————
1.肩の亜脱臼と完全脱臼の違いとは?
2.プロスポーツ選手の復帰期間
3.早期復帰のリスク
4.肩関節の構造と関節唇の役割
5.診断方法
6.治療とリハビリ
7.予防と対策
8.手術が必要となるケース
9.大谷選手の早期復帰はなぜ可能だったのか
10.参考文献

亜脱臼と完全脱臼の違い

Q : 肩の「亜脱臼」と「脱臼」はどう違うのですか?


肩の亜脱臼とは、上腕骨の骨頭が関節窩から部分的にずれる状態を指します。症状として、怪我した直後はかなり痛くて、肩が上がらないです。しかし、自分でも戻す(整復)事ができます。一方、脱臼は骨頭が関節窩を取り囲む関節唇を破綻させて、完全に関節窩を乗り越えて外れる状態です。症状としては、かなりの激痛を伴いますね。大谷選手のケースは軽度の亜脱臼であり、これが早期復帰を可能にした重要な要因の一つでした。

プロスポーツ選手の復帰期間

Q : 一般的な復帰までの期間はどのくらいですか?

日本のプロ野球選手を対象とした研究では、ポジション別の手術後の復帰期間が以下のように報告されています(2)

  • ・投手:平均9.6ヶ月(復帰率64%)
  • ・捕手:平均9.1ヶ月(復帰率83%)
  • ・内野手:平均7.4ヶ月(復帰率90%)

MLBでは、肩の脱臼、亜脱臼の復帰率は92%、亜脱臼の場合、復帰まで平均0(0−3)週間、脱臼の場合、復帰まで平均3週間(0-12)で、手術しないで治療した場合、47%が不安定感を感じてプレーし、パフォーマンス(打率、長打率、出塁率など)に有意な変化は見られないと報告されています(4)

競技別の復帰率と復帰期間は以下の通りです(3)
全体の平均復帰率 約85% 復帰期間 約5.3ヶ月

  • ・アメフト:93%(4.8ヶ月)
  • ・ラグビー:88%(5.5ヶ月)
  • ・アイスホッケー:87%(5.9ヶ月)
  • ・バスケットボール:82%(5.7ヶ月)
  • ・野球:73%(7.6ヶ月)

早期復帰のリスク

Q : 早く復帰するリスクはありますか?

NFLの研究によると、手術せずに復帰した選手の47%が再度の不安定感を経験しています。特に、若い男性アスリートは再脱臼のリスクが高いことが指摘されています(3)。再発率は以下の通りです。
全体の平均再発率 約14%

  • ・アメフト:14%
  • ・ラグビー:24%
  • ・アイスホッケー:13%
  • ・バスケットボール:10%
  • ・野球:12%

肩関節の構造と関節唇の役割

Q : なぜ野球選手は肩を痛めやすいのですか?

肩関節は、上腕骨の頭部が肩甲骨関節窩にはまる構造をしています。この関節窩の縁には「関節唇(かんせつしん)」と呼ばれる軟骨組織が取り巻いており、関節の安定性を高める重要な役割を果たしています。ヒトの関節では最も動く範囲が広いのですね。その代わり、とても不安定で外れやすい、つまり脱臼しやすい関節です。転倒して手をつく、腕を挙げた状態で後ろに引っ張られる、などの動作で脱臼し、ボールやラケットを上から振り下ろす動作、スキーのストックを激しく突く、などの動作で亜脱臼します。
野球の投球動作では、この関節唇に大きな負担がかかります。特に投手の場合:

  • ・投球時の強い回転力により関節唇が損傷
  • ・繰り返しの使用による変性の損傷
  • ・亜脱臼や脱臼により関節唇が剥離

関節唇の損傷は:

  • ・肩の不安定性の原因に
  • ・投球時の違和感や痛みの原因に
  • ・再発性脱臼のリスク因子に

このため、関節唇の状態は野球選手の復帰時期を決める重要な要素となります。

Q : 大谷翔平選手はどのような怪我なのでしょうか?

転倒した映像を確認すると、左腕を外転外旋した(バンザイした)状態で、スライディングした時に身体をねじって肩の伸展を強制されているので、肩が前に脱臼するポジションです。しばらく痛みで動かせない状態だったので、関節唇が損傷している可能性もありますね。2日後には試合に復帰しましたが、肩を固定した状態で走塁してますし、今シーズン終了後に治療方針が決まるでしょう。

診断方法

まずはレントゲンで骨の位置を見て、脱臼がないか確認します。亜脱臼の場合は、ほとんどレントゲンではわかりません。その後、MRIで関節唇や骨、関節軟骨、腱板などの状態を確認します。脱臼の場合は、関節唇や靭帯、関節包が破綻しており、腱板損傷や骨の小さな剥離骨折を認めることがあります。亜脱臼でも関節唇や靱帯などが損傷していることがあります。

治療とリハビリ

治療法は症状の程度により異なります:
【急性期治療】

  • ・脱臼している場合は、速やかに整復が必要です。亜脱臼の場合は、自分で整復できます。
  • ・RICE処置(Rest:休息、Ice:冷却、Compression:圧迫、Elevation:挙上)
  • ・再脱臼しないよう適切な装具やサポーター固定による関節の保護
  • ・必要に応じて消炎鎮痛剤の使用

【リハビリテーション】
段階的なアプローチが重要:

  1. 炎症期(1-3日):安静と保護
  2. 回復期(4-21日):
    ・可動域訓練の開始
    ・軽度の筋力トレーニング
  3. 機能回復期(3-8週):
    ・投球動作の再学習
    ・競技特異的トレーニング

予防と対策

Q : 予防のために何をすべきですか?

  1. 適切なウォームアップとクールダウン
  2. インナーマッスル(腱板)の筋力強化
  3. 競技別フォームの定期的なチェック
  4. オーバーワークの防止
  5. 定期的なメディカルチェック


手術が必要となるケース

Q : どんな場合に手術が必要になりますか?

手術が推奨される主な状況:

  1. 初回脱臼でも以下の場合:
    ・関節唇の大きな損傷がある
    ・骨折を伴う
    ・若年アスリート(特に投手)
  2. 繰り返す脱臼:
    ・保存療法で改善しない
    ・スポーツ活動への影響が大きい
    ・関節の不安定性が続く
  3. 競技特性による判断:
    ・投手:投球側なら関節の安定性が必要
    ・ラグビーやアメフト、格闘技など接触の多いスポーツ選手
    ・ハイレベルな競技継続希望

肩の脱臼・亜脱臼に対する主な手術法(5)

  1. 関節鏡下バンカート修復術
    ・最も一般的な手術法
    ・剥がれた関節唇を元の位置に固定
    ・低侵襲で回復が早い
    ・プロ野球選手に多く実施
  2. 直視下手術
    ・不安定性が大きい場合(すぐに脱臼する状態)
    ・骨移植を行い関節窩を拡大
    ・再発防止効果が高い

 

手術後のリハビリ期間(1)

  • ・投手:平均9.6ヶ月
  • ・野手:平均7.4ヶ月

術後の競技復帰率:

  • ・全体:82%
  • ・完全復帰:80%

大谷選手の早期復帰はなぜ可能だったのか

大谷選手の早期復帰は、次の要因が重なった結果と考えられます:

  1. 軽度の亜脱臼であった
  2. 早期のMRI検査と初期治療を行った
  3. 選手自身の優れた身体能力と回復力
  4. 医療チームによる24時間体制のケア

大谷選手の怪我が無事に治って今後の益々の活躍を期待したいですね。けれども、全てのスポーツ選手が同じようにすぐ競技へ復帰を期待することはとても危険です。整形外科専門医の診断を受けて、個々の状況に応じた慎重な判断をしましょう。
大谷翔平選手がケガから順調に回復してメジャーリーグでみんなを勇気づけて驚かせるような活躍を再開できることは、野球ファンとしてとても嬉しいことですね。けれども復帰には、まず正しい診断が必要です。特に関節の軟骨、靭帯、筋肉などの損傷が疑われる場合、MRI検査による詳細な画像診断がとても重要です。 スポーツによるケガや障害は、整形外科専門医による診察受けることで、早くスポーツ復帰ができるようになります。
肩の違和感を感じたら、早めの受診をお勧めします。

 

【中山クリニックについて】

  • ・1.5テスラMRI完備
  • ・初診・再診のネット予約可能
  • ・スポーツ専門医による診察

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参考文献

  • (1) Bradley JP, et al. Return to Play After Shoulder Instability in National Football League Athletes. Am J Sports Med. 2021;49(8):2040-2045.
  • (2) Muto T, et al. Return to Sports After Arthroscopic Bankart Repair for Shoulder Instability in Athletes Playing Baseball. Orthop J Sports Med. 2018;6(9):232596711879757.
  • (3) Hsu SH, et al. Return to Play After Shoulder Instability in Elite Athletes. Sports Health. 2019;11(2):157-164.
  • (4) Return-to-Play Characteristics After Shoulder Instability in Professional Baseball Players. Am J Sports Med. 2020;48(14):3534-3539.
  • (5) Modern Concepts in the Treatment of Shoulder Instability in Athletes. Sports Med Arthrosc Rev. 2018;26(3):129-133.